[創作短編]線

新幹線の座席に深く身を沈め、私はふぅと息をついた。窓の外は、あっという間に景色が移り変わっていく。

喪服が少し窮屈に感じるのは、きっと夏の熱気のせいだけではないだろう。

十三回忌と、墓じまい。過去と現在、そして未来が、この時速300キロの箱の中で、ごちゃ混ぜになって私たちを広島へと運んでいく。

ふと見ると、隣に座る祖母が、じっと窓の外を眺めていた。

通り過ぎる景色は、祖母の目にどう映っているのだろう。遠い記憶の断片を拾い集めているのか、それとも、この旅路の先に待つ何かを静かに見据えているのか。

その横顔は、多くを語らずとも、深い物語を秘めているようだった。

広島駅に降り立った私たちを迎えたのは、真夏の容赦ない日差しと、そして、けたたましい工事の音だった。

泊まったホテルからは、クレーンが空に伸び、重機が大地を穿つ姿がよく見えた。

まるで、この街そのものが、終わらない物語を紡ぎ続けているかのようだ。

法要を終えた翌日、私たちは大伯父の車に先導され、兄の運転で、ある場所へと向かった。祖父が設計したという「日本一長い電線」を見に。

高速道路は、まさかの事故で通行止め。まるで、電線が私たちを試しているかのように、下道は大渋滞。予定より一時間遅れでたどり着いたその場所は、瀬戸内海の、まさに「青」が凝縮されたような景色の中にあった。

大伯父の話によれば、その電線は、かつて毒ガスの実験に使われていたという大久野島に、戦後、祖父が今の私と同い年くらいの時に架けられたものだという。歴史の重さと、個人の物語が、一本の線で結ばれていく。

晴れ渡った空の下、瀬戸内のきらめく海に、その鉄の巨神――鉄塔と、そこから伸びる電線が、とてつもなく美しく映えていた。

「今は本稼働はしてないんだ。あとにできた橋と一緒に設置されてる架線が使われてる」大伯父はそう言った。

「でもな、そっちになにかあったときは、この電線のほうが使われるようになってるんだ」

まるで、予備の、けれど確かな「切り札」のように。過去の技術が、未来の可能性を秘めているという事実に、私は少しばかり感動した。

本島側の鉄塔の元へ向かう。上り坂は、足腰の弱った祖母には少しきつそうだったけれど、誰もがその巨神に会うことを望んでいるかのように、皆で一歩一歩、足を進めた。

間近で見る鉄塔は、まさに圧巻だった。

その巨大な骨組みの中に、過去と現在、そして未来の物語が絡み合っているような気がした。

そして、その鉄塔の間からは、遠く、対岸の鉄塔と、空に線を引く電線が見えた。

私たちが今立っている場所と、もう一つの世界が、その線で繋がっている。

高台からの景色は、さらに私たちを魅了した。先ほど通ってきた道が、海と一緒に眼下に広がる。

私たちが歩んできた道、そしてこれから歩む道。全てが、この壮大な景色の中に包括されているかのようだった。

広島駅に戻り、皆で食事を済ませ、それぞれの道へと別れた。JRの電車に乗り換え、9駅。宮島駅へと向かう。

宮島へと渡るフェリーから見た景色は、またしても私の予想を裏切らなかった。

旅館の部屋からは、あの有名な厳島神社の鳥居が見える。海に浮かぶその姿は、まるで絵画のようだった。

夜、私たちは船で鳥居の近くまで連れて行ってもらった。その距離は、まるでそのまま鳥居をくぐってしまうのではないかと思うほどだった。

漆黒の闇に浮かび上がるオレンジ色の鳥居は、昼間とは全く違う、幻想的な表情を見せていた。光と影が織りなすコントラストは、まるで時間が止まったかのようだった。

翌朝、朝食前に厳島神社へと向かった。

まだ鹿も人もまばらで、静寂が支配する時間。山と海と、そして鹿と鳥居が、まるで一枚の絵のように、完璧な調和を見せていた。

ふと、思った。厳島神社の海側の狛犬は、いつも海の方を見ている。

それは、この場所を見守り続けている証拠なのかもしれない。過去から現在、そして未来へと、静かに、しかし力強く、この地の物語を見守っている。

祖父が残した「日本一長い電線」と、厳島神社の鳥居。どちらも、時を超えてそこに在り続ける存在だ。そして、その存在は、私たちの記憶や、未来へと続く物語の中に、確かに息づいている。

広島でのこの三日間は、私にとって、単なる法事や観光ではなかった。それは、過去と現在が交錯し、見えない線で繋がり、そして、終わりのない物語が紡がれていく、そんな特別な時間だった。

またいつか、この地を訪れる日が来るだろう。その時、この電線と鳥居は、私にどんな新しい物語を語りかけてくれるのだろうか。

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